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本物の感情と”植え付けられた”感情

ラケット感情とは、ある状況に対して自然に感じる”本物の感情”ではなく、本物の感情を覆い隠すものであり、それは幼児期に家庭の中で学習しました。

たとえば、女の子が友だちから小さないじわるをされたとして、湧き上がる怒りにまかせ相手をたたいてしまったとします。そのときパパは、「女の子はそんなふうに怒ってはだめだ。がまんしなさい。ただし、泣くのはかまわない」といわれ、ママも同意します。昔はよくあった考えですが、現代でもまったくないとはいいきれません。
その女の子は、そのようなことが何度も繰り返されるうちに、その考えを自分のものとします。そうしないと、家族の中にいれないと思うからです。そして、怒りを感じそうになった瞬間、自動的に泣きたくなります。
よく泣く女の子というのはいますが、彼女たちはそんなラケット感情を持っているのかもしれません。

ラケット感情はネガティブな感情だけとはかぎりません。泣くかわりに、ほほえむことを強制されることもあります。「女の子は愛想がよくなければいけないんだ。いつもほほえんでなさい」両親から十分な衣食住と愛情をもらうためには、そのとおりにしなければならないと決断します。
いつも笑顔の女の子は、大人になっても周りから好かれるかもしれません。しかし、彼女の本物の感情は別にあるのです。彼女自身、その感情のことを忘れてしまっているかもしれませんが。

それはそれでかまわないのでは?と思う人がいるでしょう。
しかし、本物の感情とラケット感情は大きな違いがあるのです。本物の感情を表すことは、実際に直面している事態(「今、ここ」で起きていること)に適切に対応することができますが、ラケット感情はその役には立ちません。
たとえば、怒りを見せることで、自分の不利益を相手に伝えることができますが、泣いたり笑ったりしていては、それが伝わりません。おびえることを禁止された子は、身に迫る実際の危険に対して、それを避けたり、防ぐことがうまくできなくなります。また、悲しみを抑制された子は、過去のなんらかの喪失に別れを告げ、痛みから解放されづらくなります。

ラケット感情を見抜く方法は、それを感じている時間において、それが適切か不適切かを判断することです。成人の自我状態が必要です。あるいは、まるで自分の身体から抜け出して、上のほうから自分と周りを俯瞰できれば気づけるかもしれません。

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