言葉はすべてを表さない

コーチはアドバイスをしません。質問をたくさんします。クライアントは質問に答えていくなかで、必要な解決策を自ら気づくのです。親は子どもに対して、とかく命令やアドバイスを与えます。もちろん、それらが必要な時期やタイミングはありますが、状況によっては完全な解決を遅らせることもあります。
お子さんたちのために、優れたコーチになりませんか?
さて、困りごとの相談にしても、そのアドバイスにしても、質問にしても、それらは言葉で表現されます。言葉はコミュニケーションをするときに、非常に大きな役割を果たします。しかし、逆にトラブルを招く元凶となることもあります。
たとえば、以下の文を見てください。
「昨日、焼肉を食べました」
この文からどんなイメージが浮かびましたか?人によってそのイメージは千差万別です。なぜなら、情報が少なすぎるからです。
誰が食べたのか、昨日のいつ、どこで、どんな焼肉か、どうして、味は、雰囲気は、どう思ったか…などの情報がありません。聞き手は足りない情報を勝手に補完します。
情報の補完やワードの印象は、自分のそれまでの経験が基になります。つまり、話し手の欠落した情報を自分の経験から補い、頭の中でイメージします。トラブルの原因はここにあるのです。
言葉は便利ではありますが、現実のすべてを表すのは困難です。たとえば、1枚のお花畑の写真を見て、そこに写っているものすべてを言葉で表そうとすると、原稿用紙が何枚あっても足りません。一つひとつの花の色・形・大きさがみんな異なります。「赤」という色についても、いろんな赤色があります。
さきほどの「焼肉」という言葉からどんな情景が浮かびましたか?それがあなたの「焼肉」という言葉のイメージです。そのイメージを「焼肉」というたった一つの言葉で表すことはできません。
しかし、人はそれでも言葉を使います。
言葉は記号です。現実のすべてを表しませんが、必要最小限の情報は与えます。それはまるで地図記号のようなものです。地図上に郵便局のマーク〶を発見すれば、その現地に郵便局があることを意味します。しかし、どんな大きさの郵便局なのか、外観はどんな色や形なのかといったことはわかりません。それでも、郵便局に行くという目的を果たすことには使えます。
すなわち、人はそれぞれ、言葉に対する自分自身の”地図”を持っているようなものです。他人とは異なる仕様です。たとえ親子であっても。
でも、相手の”地図”が少しでもわかれば、話は通じやすくなるはずです。ここがポイントです。

