いつもの会話も心の状態がベース
これまでたびたび出てきた”親”、”成人”、”子ども”の3つに分けた心の状態、すなわち自我状態は、下図のように3つの円で表します。Pは親(Parent)、Aは成人(Adult)、Cは子ども(Child)の頭文字です。
人はそのときどきにおいて、通常、3つのうちのいずれかの状態にいます。
政治家の裏金問題の新聞記事を読みながら、「国民を裏切るような政治家はみんな辞めるべきよ」と憤りを感じているとき、”親”の自我状態にいます。
ふと目を下に移すと、ハワイ3泊5日の広告が飛び込んできました。ずいぶん前に行った時の思い出がよみがえり、ワクワクした気持ちになりました。このとき”子ども”の自我状態にいるでしょう。
経済欄を見ると米不足、値上げの記事が目に留まりました。スーパーの開店と同時に買い物客が殺到したと。「心配よね。でも、これから新米が市場に出てくるはず。少し様子をみようかしら」と考えているとき、”成人”の自我状態にいます。
人はそのときどきにおいて、通常、3つのうちのいずれかの状態にいます。
政治家の裏金問題の新聞記事を読みながら、「国民を裏切るような政治家はみんな辞めるべきよ」と憤りを感じているとき、”親”の自我状態にいます。
ふと目を下に移すと、ハワイ3泊5日の広告が飛び込んできました。ずいぶん前に行った時の思い出がよみがえり、ワクワクした気持ちになりました。このとき”子ども”の自我状態にいるでしょう。
経済欄を見ると米不足、値上げの記事が目に留まりました。スーパーの開店と同時に買い物客が殺到したと。「心配よね。でも、これから新米が市場に出てくるはず。少し様子をみようかしら」と考えているとき、”成人”の自我状態にいます。
誰かと会話をするときも、いずれかの自我状態にいるのです。もちろん相手もどれかの自我状態にいます。ある自我状態から発せられた言葉は、無意識に相手の特定の自我状態で受けてくれることを期待しています。たとえば、お母さんと小さなお子さんとの会話です。
「ホットケーキ作ってあげようか?」
「わーい!クリームたくさんのせてね」
お母さんは”親”の自我状態の中の”養育的親”から、お子さんの”自由な子ども”を期待して話しかけていて、期待通りお子さんは”自由な子ども”からお母さんの”養育的親”に応答しています。
別の会話では、
「今日の宿題は全部終わったの?」
「だいたい終わったよ。あと少しだから、ご飯のあとにするよ」
お母さんは”成人”の自我状態から事実を確認しようとして、お子さんの”成人”に問いかけます。お子さんは同じく”成人”の状態でお母さんの聞きたいことを察知して応答してます。
この2例のような、発信と応答が平行になるコミュニケーションはストレスがなく、ずっと続いていきます。
ところが実際は、発信と応答が平行にならないコミュニケーションが非常に多く、トラブルの原因になるのです。それについては次回で。