”刺激欠乏症”

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”刺激欠乏症”

コミュニケーションとは、双方での情報のやり取りや意思疎通のことです。コミュニケーションがない、あるいはコミュニケーションが少ないということは、お互いに伝えることがない、思いや考えを共有しないということになります。それが実際にはどういうことなのか、想像できますか?

 

コミュニケーションを担うものは言葉だけではありません。表情、しぐさ、接触、物質的提供など、非言語によるいろいろな手段があります。これら言語、非言語による”通知”は相手への刺激となり、その刺激に対しては反応があります。この刺激や反応にも、ポジティブ/ネガティブ、あるいは良い/悪いがあります。

たとえば次のようなやり取り。
「おかえり。お腹すいたでしょう?ご飯できてるわよ」
「うん、ペコペコ。すぐに着替えてくる」
何でもない会話ですが、お互いに相手の存在を認めています。さらに、お母さんは子どもの状態に気を使っています。子どももお母さんの配慮を素直に受け入れようとしていて、それはお母さんが期待していた反応でしょう。ポジティブな刺激のやり取りです。
もし、お母さんの「ご飯できてるわよ(食べなさい)」という声かけに対して、子どもが「いらない」と答え、足早に自分の部屋に入ってしまったらどうでしょう?お母さんからのポジティブな刺激に対して、子どもはネガティブな言語的反応と非言語的反応で返しました。さらに、もし子どもが何も答えなかったとしたら?しかも無視するかのように目も合わせないとしたら?反応自体がないということです。お母さんはどのように思ったでしょう。

 

ポジティブな刺激には無条件的なものと条件的なものがあります。まだ赤ちゃんの子どもに「ほんとにかわいいわね」というのは、その子の存在に対して与えられる刺激です。それに対して、「お手伝いしてくれて、えらいわね」というのはその子の行動に対しての評価です。どちらがより強いインパクトを与えるかは明白ですね。
人は無条件であれ、条件付きであれ、ポジティブな刺激を求めています。優しい言葉、自分を認めてくれる言葉、頭をなぜられる、ご褒美をもらうなど、実にさまざまな良い刺激をほしがっています。もし、自分のほしい刺激が得られないとき、それをもらおうと行動します。それでも思うように得られないときは、逆に悪態をついたり、さからったり、いたずらをするといったネガティブな刺激を発することもあります。それは、何ももらえないよりは、怒られてでも自分の存在を認めてもらいたいからなのです。”刺激欠乏症”になるのです。

 

「最近、子どもが言うことを聞かなくて」というお母さん。もしかすると子どもはお母さんの愛情をもっとほしがっているのかもしれません。子どもの心が少し凍りかけているのかもしれません。溶かすにはじっくり時間をかける必要があります。ポジティブな無条件の刺激を与え続けることが必要です。

 

伝えあわなければは意思疎通はできません。日本文化には「以心伝心」といった、いわなくてもわかってもらえるという考えがあります。古い時代では家族・隣人とのコミュニケーション密度が高かったので、そのように言われていたのかもしれません。現代社会においては、さまざまな影響によりコミュニケーション密度が変化してきているように思えます。いわないと伝わらないこともあるのです。

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