どうせ、やってもできないから

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どうせ、やってもできないから

多くの子にとって、勉強は楽しいものではないはずです。それは、特に興味もない事がらを強制的に覚えろと言われ、覚えたかどうかをテストされ、結果が悪いと怒られるという、散々な体験をすると考えているからだと思います。この側面だけを見てると、たしかに悲惨なことしか起きないようですが、「何のために勉強をするのか」という価値観は、中学生くらいから芽生えてくるので、そこに気が付くと、多少きついことでも乗り切れるようになります。「勉強なんかしたくない!」と言って、実際にやらない子というは、まだ精神的には幼児・小児のままだと言えます。これは育成環境の影響を大きく受けています。

 

一方で、いくらか勉強したけれども、なかなか思うように成績が上がらず、自暴自棄の態度を示す子もいます。
「どうせ、やってもできないから」

お子さんはこんなことを言ってはいませんか?
やってもできないとあきらめているように聞こえますが、実は心の底ではそうは思っていないようです。あきらめたのなら、勉強に手を付けないですし、テストも白紙で提出するでしょう。そんなことはおそらく絶対にしないので、あきらめているわけではないのです。
では、どうして「やってもできない」と言うのでしょう?

 

一般的に否定的な発言には心理的な裏面の意図が存在します。
人の言うことにいちいち異を唱える人は、自分のほうが能力があり、真理を捉えていると感じています。人の意見を批判、反論することで、自分は優れているということを認めてもらいたいと思っているのです。それはコンプレックスの裏返しであることもありますが、認めてくれているという実感を喜びとしています。このような人の否定的発言をさらに否定すると、より一層反発を強めます。終わりがないように思えますが、ちゃんと終わりはあります。最後は「やっぱり私はダメな人間だ」と確認するのです。それがこの人のお決まりの、お得意のパターンなのです。

 

「どうせ、やってもできないから」の裏面の意図は何でしょうか?
勉強の辛さを共感してほしいのかもしれません。さらに、「がんばったから休んでいいよ」という許可を得たいのかもしれません。あるいは「そんなことないよ。あなたは頭がいいからできるよ」と言ってほしいのかもしれません。
「やってもできないから」という発言は、心の中の純真な部分から発せられています。これに適切に対応できるのは、優しくケアしてくれる包容力のある態度、あるいは同じように共感してくれるピュアな心理的思考です。決して、「そんなことではダメ。もっとしっかりしなさい」などと言ってはいけません。ますます深みに入ってしまいます。

 

共感と包容を繰り返す中で、子ども自身が「そうでもないんだ」と気づく瞬間が来ます。そのタイミングをうまくキャッチして、「少しずつやればいいじゃない」という前向きな言葉をかけましょう。しかし、はじめからこのような言葉を使うと、反対にもっと手こずることになるかもしれません。親という役割は辛抱と忍耐が必要です。

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