”決められない”は優柔不断なだけではない

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”決められない”は優柔不断なだけではない

「まったく、煮え切らない子ね」

お菓子やおもちゃを買ってあげようとしたとき、なかなか決められない子はいるものです。小さい頃の私もそうでした。2つにまでは絞れるのですが、両方の良い点が交錯し、どちらか一つに決められないことが少なくありませんでした。滅多に買ってもらえないのならなおさらです。時間がなくなり、結局どちらも買ってもらえなかったということもありました。そういうことも教訓になるのだと思います。

 

決断できないという言動には、少し違ったケースもあります。

「わたし、A高校を受験しようと思うんだけど、お母さんはどう思う?」
「ちょっとレベルが高いけど、がんばるんならいいんじゃない?」
「うん。でも内申点がまだそこまで届いてないから心配なの」
「学校の先生や塾の先生に相談してみたら?」
「うん、でもね、もし入ったとしても、ついていけるかどうか…」
「それは入ってからのことよ。またがんばればいいじゃない。」
「そうね。でも、私の友だちでA高校に行きたいっていう人はあまりいないんだ。なんか不安」
「よく知らない子だって仲良くなるかもよ。それに新しい友だちもできるわよ」
「うん、でもA高校は家から遠くて朝が大変そうだし、制服もかわいくないんだよね。やっぱりB高校にしようかな」
「もう、勝手にしなさい!」

悩んでいるようなので、提案をしてみたけれど、ことごとく否定されて、最後にムッとしてしまう。似たような会話を経験したことはありませんか?
実はこれ、相手が単に優柔不断ということではなく、意識的あるいは無意識的にあなたをこのパターンの会話に引きずり込んでいるのです。
まずは、相手が仕掛けてきます。誰にでも仕掛けるわけではありません。このパターンに乗りやすい人が分かるのです。その乗りやすい人は何らかの”弱点”を持っています。上記のお母さんの場合は、娘の進学の心配をしていることが”弱点”となっています。仕掛けに反応することで、このやり取りが始まります。お母さんはアドバイスをし、娘はそれを受けるという繰り返しで進みますが、突然、娘はアドバイスを無視して自分で決定します。その結果、お母さんは混乱し、「勝手にしなさい」と怒ってしまいました。
このあとは、お互い複雑で嫌な気持ちになり、しばらく口も利かないということがあるかもしれません。

 

では、なぜこのような会話を仕掛けるのでしょうか。結末は想像できているはずなのに。
一つには、「私は自分の考えを曲げない」「あなたの思い通りにはならない」という”信念”があって、それを証明・強化するために始めます。その信念は幼児期に自分自身が作ったもので、親からの言語・非言語的なメッセージが基になっています。
もう一つには、相手から何らかの刺激を求めているからです。刺激には直接の接触によるもの、言葉や表情・態度によるものがあります。刺激によって、自分が存在していることを確かめたいのです。優しい刺激を受けられなくなると、否定的な刺激を求めるようになります。無視されるよりは、否定的でも刺激があったほうがいいからです。上記の女の子も、もしかすると最近、何か不満や不安を感じていたのかもしれません。

 

とはいうものの、いつもこんな結末になる会話に付き合いたくはありません。「そんなふうに言ったらダメよ」と相手に言っても、変われるものではありません。頭では理解できても、無意識で拒否します。
一番はこのパターンに入り込まないことです。仕掛けられたなと感じたら、それに乗らない。上記の会話では、「内申点が心配」と言ってきたときに、「じゃあどうすればいいと思う?」と反対に質問します。あるいは、別な話題を切り出して、優しい刺激を与えるのもいいですね。「そう。とりあえずケーキ食べる?」不意打ちをくらって、先に進めなくなります。

 

他にも”定型パターン”となっているやり取りはあるはずです。それらは必ず、不快な気持ちで終わるものです。それらのパターンは簡単には捨てられません。無理に押さえつけるのではなく、何気なくパターンから抜けるか、優しい刺激を与えてあげてください。

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